私と日食を巡る最後の物語

私と日食を巡る最後の物語(2017)

2017.8.24 「私と日食を巡る最後の物語」

 

部分日食、金環日食を観て残すは皆既日食。

 

日本では2035年まで観ることができないので、その前に観るには必ず海外遠征が必要になる。

 

 

海外まで行く以上、「行ったけど観れなかった」という事態だけは絶対に避けたかった。

 

そのために大事になるのは晴天率。とにかく晴れていなければ日食は観れないので晴れる可能性が少しでも高いところに行く必要がある。

 

 

そこで目をつけたのが今回のアメリカ横断皆既日食。

 

アメリカ横断ということで観れる範囲が広く、夏のアメリカなので晴天も期待できやすい。

 

そう考えて2012年のケアンズや2016年のインドネシアの皆既日食もスルーしてこのタイミングに賭けていた。

 

ちなみに今年のアメリカを逃すと2019年と2020年に南米、2021年は南極と行きやすい皆既日食はなく、まさに千載一遇のチャンスと言えるのが今年の皆既日食だった。

 

 

さてアメリカに狙いをつけて具体的に計画を立て始めたのは今年の1月。

 

まずはどこで観るかということで、検討した結果、セーラム、カンザスシティ、ナッシュビルと3つの都市が候補に挙がった。

 

 

西海岸のセーラムは晴天率が高いけど皆既時間が短く、また国際空港がないのでまずは近隣のポートランド等に行ってからさらにセーラムまで移動する必要がある。

 

対してカンザスシティとナッシュビルは晴天率こそセーラムより悪いものの、皆既時間はセーラムより30秒近く長く、国際空港があるので空港近隣に宿を確保さえしてしまえば現地での移動は必要なく皆既日食を観ることができる。

 

 

さあどうするか。悩んだ末にセーラムに行くことに決めた。

 

やはり「皆既日食を観る」という目的のために晴天率を最優先した。

 

移動が楽とか皆既時間が長いとか言っても結局観れなければ何の意味もない。

 

 

もちろん晴天率というのは過去のデータであり、今年のセーラムが晴れるという保証はなかった。

 

しかし晴天率を信じてダメだったら諦めもつくけれど、晴天率の悪いカンザスやナッシュビルを選んでダメだったとなったら絶対に後悔すると思った。

 

多少移動が大変でも観れる確率を少しでも上げるために最善を尽くすべき。それが私の結論だった。

 

 

しかし半年も前の1月の時点でセーラムの宿はほぼ全満状態。

 

仕方なくポートランドで3泊し、日食当日の朝にアムトラック(鉄道)でセーラムに行くチケットを確保した。

 

とはいえ当日の朝移動では仮に運休などが起きてしまった場合に手の打ちようがなくなる。

 

せっかくポートランドまで行ったのに皆既日食帯に入ることすらできないという事態だけは絶対に避けたい。

 

 

そこで毎日セーラムの宿情報をチェックしていたら、たまたまキャンセルが出たのか1軒だけ空いている宿を確保することができた。

 

これで前日にセーラムに入ることができる。

 

こうして19日にポートランド到着、20日にセーラムに移動、21日に日食観測してからポートランドに帰り、22日に帰国というスケジュールが固まった。

 

 

ここまで固まってしまえば後の準備はほとんどやることもなく海外SIMの申し込みをするくらいであっという間に出発の日に。

 

まずは福岡から大韓航空で仁川空港へ。乗り継ぎ時間が1時間しかない上に到着が20分も遅れたけどなんとか乗り継ぎができ、仁川からバンクーバーへ。

 

 

大韓航空は安いから取ったけどかなり満足できる航空会社だった。

 

個人用テレビはついてるし日本語で映画も観れる。USBポートで携帯の充電もできるし機内食のビビンバも美味しい。

 

機内で観たLIFEという映画がとても面白かった。

 

 

バンクーバーに到着したらここでさらに乗り継いでポートランドへ。バンクーバーで海外SIMに差し替えたけど問題なく使えた。

 

バンクーバー乗り継ぎでアメリカに行く場合、バンクーバーの空港でアメリカの入国審査ができるらしい。

 

これは着くまで知らなかったけどアメリカに着いてから入国審査の長い列に並ばなくていいというのはありがたい。

 

 

ポートランドに着いたのは夜。マックスライトレイルで市内へ向かい、そこからホステルまで1kmくらい歩く。

 

夜のポートランドは暗くてちょっと怖い。それでも無事ホステルにたどり着いてチェックイン。

 

そこからまたスーパーマーケットまで出かけて夕飯と水を買って就寝。

 

 

二日目はセーラムへ移動。

 

 

 

アムトラックでセーラムへ移動してから宿に行くのだが、宿はキャンセル待ちし続けてなんとか取れた宿なので駅から6kmくらいある。

 

本来ならuberとか使って移動するのが普通だと思うのだが、よくわからなくて登録してなかったので歩くw。

 

 

まあ片道6kmくらいなら問題ない。自分の足を信じられなくなったら旅人として終わりである。1時間半くらい歩いて宿にチェックイン。

 

この日は午後から雲が出ていてひたすら不安だった。1時間毎くらいに天気予報をチェックしていた。晴れる予報ではあるのだが・・・。

 

 

そして三日目はいよいよ日食当日。前日22時に寝たのに興奮と不安で0時に目が覚めてしまうw。

 

再び寝るも今度は2時に目が覚めるw。結局これ以降は眠りにつけず朝を待つ。

 

 

朝になって外を見ると雲一つない快晴。運も味方した。

 

朝9時頃から太陽が欠け始め、どんどん気温が下がっていく。太陽の照度がどんどん下がっていくのもわかる。

 

欠け始める前までは眩しすぎるくらいだったけど皆既直前は目を細めれば太陽を観れるくらいまで照度が下がっていった。

 


↑日食中の木漏れ日。太陽が欠けているのがわかります。

 

そして10時15分頃。いよいよ皆既日食。一瞬のダイヤモンドリングを見てから黒い太陽が現れる。コロナもはっきり見える。周囲では歓声があがっている。

 

この皆既中の2分に満たない時間は本当に心に刻み込まれる2分間だった。皆既が終わる瞬間のダイヤモンドリングも本当に美しかった。

 

 

どんどん下がる気温、欠けていき照度が下がる太陽、ダイヤモンドリング、黒い太陽とコロナ、周囲の歓声・・・これら全てを我が身で体験してこそ日食の醍醐味だと思う。

 

写真や動画も美しいけど、あの雰囲気はあの場で体験した人しか分かち合うことができない。

 

本当に今回皆既日食を体験することができてよかった。

 

 

セーラムという場所のチョイスも正解だった。

 

カンザスシティは雨で観れなかったらしく、ナッシュビルも雲の中での観測となり皆既日食中に雲がかかり、終わりのダイヤモンドリングは観れなかったという報告があった。

 

 

部分日食、金環日食ときて今回の皆既日食を観て私の中での日食シリーズは終わると思っていた。

 

たしかに「死ぬまでに一度は皆既日食を観てみたい」という目的は雲一つない快晴の中での観測で文句なしに果たすことができた。

 

 

しかし2分に満たない皆既時間で「もっと見たかったな」というのが今の正直な気持ちでもある。

 

次に見やすい日食というと2024年に再び北アメリカで今度はメキシコ、アメリカ、カナダを縦断する皆既日食がある。

 

この日食は最大で4分28秒続く。

 

また2026年にはスペインで、そして2027年にはエジプトのルクソールで6分以上続く今世紀二番目に長い皆既日食がある。

 

さらに2028年にもオーストラリアのシドニーなどで5分近い長さの皆既日食がある。

 

 

そして2035年には今回のアメリカと同じサロス(日食の周期)の皆既日食が日本で起こる。

 

少なくとも2035年の皆既日食は絶対に観ると思うし、その前にもどこかにまた観に行くかもしれない。

 

 

一度皆既日食を観たことで魅力に取りつかれ、それ以来、世界中どこまでも日食を追い続けている日食ハンターと呼ばれる人もいる。

 

そのように日食に魅せられることを「日食病」と呼ぶらしい。

 

 

私ももしかしたら日食病にかかってしまったかもしれない。

 

今回の皆既日食で私と日食を巡る物語は完結すると思っていましたが、どうやら私と日食の物語は今後も続きそうです。