ヨルダン、イスラエル、パレスチナ

ヨルダン、イスラエル、パレスチナ

12/20 35か国目 ヨルダン(アンマン)

 

昨日の失敗を活かしてちゃんと新バスターミナルへ。着いた瞬間「アンマン?」と声かけられたのですぐに移動手段を確保できた。シリア出国、ヨルダン入国もスムーズ。

 

肉まん食いてーなw。

 

 

アンマンのアブダリバスターミナルに着いたら3kmくらい歩いてKODAホテルへ。噂のサーメルにも会えた。

 

 

クリフのサーメル・・・旅行界では有名ですがもしかしたら一般の人でも知ってる人がいるかもしれません。

 

数年前イラクに旅立って不幸なことになってしまった香田証生さん。

 

 

彼がイラク行きの直前まで泊まっていた宿がクリフホテル、そしてイラク行きのバスチケットを手配したのがサーメルということでニュースでも流れました。

 

と書くと悪いイメージを持たれる方がいるかもしれませんがそうではありません。肉親以外で香田さんの死を一番嘆いたのも恐らく彼でしょうし、また一番最後までイラク行きをやめさせようと説得を続けていたのも彼だったのです。

 

手配を依頼されたバスチケットもギリギリまで取らなかったそうです。

 

しかし香田さんの決意は固くついに説得することはできなかった。そしてあの不幸な事件が起こってしまった。

 

 

サーメルは悲しみました。そして同時に決意しました。彼の夢は将来自分のホテルを持つこと。

 

そしてそのホテルを「KODAホテル」と名付けようと・・・。

 

 

時は流れ2007年。ついにサーメルが自分のホテルを持つ時がやってきました。

 

とはいってもオーナーは別にいるので雇われ店長的な形ですがとにかく自分が運営していけるホテルを手にすることができたのです。

 

このようにしてとうとうKODAホテルが誕生したのです・・・。

 

 

とまあそんなホテルに俺は泊まっているわけです。サーメルは本当にいい人で旅人の間では「ヨルダンの三大名物はペトラ、死海、そしてサーメル!」なんて言われるほど。

 

とはいってもウノではズルしまくるけど。

 

でも「ウノで負けた奴が洗い物をする」という罰ゲームをかけてウノをしたときは一番にあがったのにも関わらず残りのメンバーの決着がつくまでの間にこっそりと自分で洗ってました。そんな奴なんです。

 

 

宿では日本人のツヨシさんとミカさんと知り合いになり翌日の死海、翌々日のイスラエルは一緒に行くことに。

 

ツヨシさんはキモイw。ミカさんは痛いw。ミカさんのシャワー浴びてない記録にびびる。

 

 

12/21 死海

 

ツヨシ君、ミカさんと一緒に死海へ。ミカさんの交渉力は凄い。さすが一年半旅してただけのことはある。ミカさんが車を捕まえてくれて死海到着。

 

死海はホント浮く!プカプカ!でも浮きながら本を読むのはバランスが難しくて結局ビショビショに濡らしてしまったw。

 

ギョレメでタカさんと交換してもらったアルハンブラ物語よすまんw。

 

 

 

かなり楽しかったが寒かったので出る。湖併設のシャワーは水シャワーしかなかったので浴びずにいたら体中塩でベトベトになるw。宿に帰ったらすぐにシャワー。

 

そしてイラク食堂で夕飯。夜は宿にあった香田証生さんはなぜ殺されたのかを読み切る。

 

 

12/22 36か国目 イスラエル(エルサレム)

 

早朝からイスラエルへ移動。国境審査は噂通り厳しい。

 

「父、祖父の名前」「今までの旅程と今後の旅程」「職業」「何を勉強しているか」「イスラエルに友人はいるか」「帰国用のチケットは持っているか」「シリアに入国した日」「住所、電話番号、メアド」「泊まる予定のホテル」「イスラエルではどこを旅行するか」「何日いたか」「日本を出国した日はいつか」などを延々と30分ほど聞かれた。

 

 

そしてなぜか入管の人が席を外して放置される。イスラエルと敵対しているアラブ諸国に入国歴がある人は厳しいらしい。シリアとかレバノンとか行ってるからなー。

 

 

アラブ諸国に行ってないツヨシ君は普通に入れたけどパキスタンやイエメンに行ってたミカさんは同じように待たされてたし。

 

でもなんとか入国許可は下りた。

 

 

着いたら目的のファイサルという宿に行くもfull。隣のパームホテルもfull。やっぱ年末のこの時期は厳しいか・・・。

 

結局ドミトリー20ドルの宿を見付けたので泊まる。綺麗だし紅茶コーヒー飲み放題だし朝食はビュッフェだから良しとしよう。

 

 

12/23 エルサレム

 

朝食をたらふく食べてからまずは昨日断られたファイサル&パームに泊まれないかリベンジ。

 

でもやっぱりダメだった。仕方なく元の宿に戻ってから観光。

 

 

案内所で地図を貰ってから嘆きの壁、岩のドーム、聖墳墓協会、贖いの教会、鶏鳴教会、最後の晩餐の部屋、ダビデ王の墓、マリアの墓教会、万国民の教会、マグダラのマリア教会、昇天教会、主の泣かれた教会、主の祈りの教会などあらかた観光。

 

疲れた・・・w。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12/24 37か国目 パレスチナ(ベツレヘム)

 

ホテルをチェックアウトしてからネット。そして岩のドームへ。しかし入口が見付からない・・・。まあ外から観るだけでもいいや。ミカさん、ツヨシ君と待ち合わせしてベツレヘムへ。

 

イスラエルとパレスチナ自治区が区切られている分離の壁を超えてパレスチナ入国!

 

キリストが生まれた地ベツレヘムへ。雰囲気は古くていい街並み。ヨーロッパのブルージュやローテンブルクのような中世の町に似ている。

 

 

 

ベツレヘムではキリストが生まれた地に建てられた生誕教会に行く。

 

クリスマスイブに生誕教会に行くというのを狙って日程を組んでいたのだ。

 

 


↑キリストが生まれたまさにその場所

 

町のイルミネーションも綺麗だったがこれは正直日本の方が綺麗だった。もっと青色発光ダイオードをたくさん使わないとw。

 

 

 

 

 

 

 

その後はクリスマスイブコンサートを聞いていた。讃美歌とか懐かしい。「きよしこの夜」とか「We wish a merry chiristmas」とか知ってる曲もあった。

 

 

そしてエルサレムに戻る。ファイサルでクリスマスパーティーがやっていたので参加させてもらう。

 

そして20NISでソファーに寝させてもらうw。宿代が1/3になったw。ここではイスタンで会った人やレバノンで会った人にも再会した。

 

 

12/25 ヨルダン(アンマン)

 

今日はヨルダンへ戻る。ソファーはそれなりに寝心地良かったけど起きたら喉が痛い。また風邪かな・・・。

 

イスラエル出国は問題無し。まあイスラエル側にしても入ってくるテロリストは警戒するけど出ていく人間は関係ないよなw。

 

 

そしてアンマンに着いたらまたKODAホテルに戻ってチェックイン。

 

余ったNISをディナールに両替してATMで追加のディナールを引き出してからクリフホテルに行ってアムラ城ツアーを申し込もうとするも4人集まらないと開催されないらしい。

 

 

といっても集められないのでw結局翌日はフリーに。

 

夕飯は宿で会ったゆみ子さんと中華。食べてる最中に19時になる。日本時間では日付が変わり12/26に。誕生日を迎える。

 

中華は美味かった!8ディナールとちょっと高かったけどまあ誕生日くらい贅沢してもいいかw。

 


↑暗くてあんま美味しそうに見えないw

 

 

12/26 アンマン

 

誕生日だしゆっくりするかということで宿で読書。

 

ローマ劇場とかアンマン城を観に行こうと思って行ってみたが劇場はトロイやエフェス、ヒエラポリスで観てるしローマ劇場からアンマン城も見えたからもう十分ということで15分で観光終了w。

 

 

 

その後宿に帰ってUNOしたりジェンガしたり。エルサレムやイスタンブールで会ったアベちゃんとも再開して翌日一緒にぺトラへ行くことに。

 

夜も日本人同士でひたすら旅トークで盛り上がっていた。

 

 

12/27 ぺトラ

 

朝はゆっくり起きてシャワー浴びてネットして朝食にファラフェルを食べてから12時のバスでぺトラへ。

 

ぺトラ観光の拠点となるワディムーサ到着。有名なバレンタインインという宿へ。宿にはゆみ子さんやツヨシ君やファイサルで会った人たちもいた。

 

それにしてもぺトラは物価が高い!夕飯は2ディナール、水は0,75、洗濯は1kg2,5ディナール。高い!w

 

 

12/28 ぺトラ

 

同じ宿のあべちゃん、じゅん君、詩歌ちゃん、ゆうすけ君と韓国人の女の子という六人でぺトラへ。朝のエルハズネは最高だった。

 

 

 

ぺトラはシリアのパルミラ、イランのペルセポリスと並ぶ中東の3Pとして有名。

 

そして3Pの中でも一番凄いのがぺトラという評判。インディ・ジョーンズ 最後の聖戦の撮影にも使われた。

 

ペルセポリスには行ってないけどその評判も頷ける。

 

 

そして山を登って一番上のエドディルへ。超疲れた・・・。エドディルの店はスプライトが1ディナールと定価の三倍。足元見やがってw。

 

でもエドディルから見る風景も素晴らしかった。